大盛況のうちに幕を閉じた「SIRETOKO Adventure Festival 2025」。1日目の9月6日(土)開催のオープニングイベントでは、アスリートトークで写真家の石川直樹さんにご登壇いただき、旅の始まりであるエベレスト登頂の話から知床との出会いや寄せる思いについて伺いました。
本記事ではトークの模様をほんの一部ご紹介。屋外の会場で、秋空のもと石川さんの話に耳を傾けたあの時間の雰囲気を少しでも感じていただけたら幸いです。
僕が初めて一人旅をしたのは15歳のとき。高知県へ行きました。当時、坂本龍馬の本を読んでいて「龍馬が生まれ育った高知に行ってみたい」と思ったのがきっかけです。
その後17歳のとき、高校2年生の夏休みにアルバイトで貯めたお金を使ってインドとネパールへ行きました。当時は円高だったので、1泊100円の宿があったり、4、500円出せばシングルルームの良い部屋に泊まれたりして、海外旅行に行きやすい時代でした。
ところがインドに行きたいと親に言ったら「危ないからやめろ」と猛反対されてしまって。でも僕が一度言い出したら聞かないことをわかっていたので、アジアの中でも安全な国へ行くことで了承してくれたんです。だからシンガポールに行くと嘘をついて、インドとネパールに行ってしまった。それが最初の海外一人旅でした。
1ヶ月間旅をする中で、ネパールの川でラフティングをして濁流に落ちたり、インドで物取りに囲まれたり、いろいろなことがありましたね。
そこで初めてヒマラヤの山々を目にしました。「いつか登ってみたい」と思ったものの、当時は登山の技術もなければ、どんな装備を持っていったらいいのか、山までのアクセスの仕方も、何もかもわからなかった。以来、山をはじめ海や川などいろいろな場所へ行くようになり、少しずつ旅や山の経験を積んでいきました。
親に内緒で行った初めての海外一人旅。そこでの経験が僕の原点です。
それから実際にヒマラヤの8000メートル峰に登ったのは2001年。世界最高峰エベレストに登頂しました。2024年秋、チベットにあるシシャパンマという山に登ってヒマラヤへの長い旅を終えたのですが、2001年の遠征はその始まりとも言えますね。
当時僕は23歳。ヒマラヤについて右も左もわかっていない状態で初めての8000メートル以上の高所登山を経験しました。体力はあっても高所順応については慣れていなくて、非常に苦労しました。
この年は21世紀になって最初のエベレスト遠征で、山頂からパラグライダーで飛んだフランス人夫婦や、世界で初めてエベレストの頂上からスノーボードで滑り降りたフランス人の青年など、いろいろな挑戦をする人が世界中から集まっていて、面白かったですね。
長い道のりの末、山頂に辿り着いたのは、5月23日午前10時。その日は風が強かったものの天気が良く、他にもたくさんの登山者がいました。標高8848mの山頂は世界で一番宇宙に近い場所。直上を見上げると濃紺の空が広がって、成層圏の端っこが見えていたんじゃないかな、と。
ここで一つ失敗談があって。下山する前に最後、ビデオカメラを持って自分の顔を映しながら背後に山頂からの眺めを360度撮ろうと思って、その場で一回りしたのですが、後で映像を確かめたら自分の顔しか写っていなくて(笑)。そんな23歳のエベレスト登頂でした。
初めて知床に行ったのはその後すぐ、確か2001年の12月だったと記憶しています。その時はウトロに入り、流氷を初めて見て。「こういう世界があるんだ」とびっくりしましたね。
僕はアラスカが好きで、アラスカにある北米で一番高いデナリという山にこれまで3回ほど登ったり、ユーコン川をカヌーで下ったりと度々足を運んでいるのですが、知床を初めて訪れたとき、「アラスカに似ているな」と思いました。僕が惹かれ続けてきた極北の空気を知床でも感じたというか。アラスカで感じた高揚感と似た気持ちが自分の中に湧いてくるのを実感して、それから通うようになりました。
知床は野生動物の息づかいを身近に感じられる場所です。そういうところもアラスカと似ています。だからか、どこにいてもいつも不思議と知床のことを思い出すんですよ。普段街なかにいても、南の島にいても思い出してしまう。初めて訪れてから20年以上経ちますが、今でも足繁く通っていますし、特に流氷の時期はここ10年ほど毎年来ています。
そのうち「流氷は一体どこからやって来るのだろう」と気になり始めて、流氷の始まりを見に、シベリアのマガタンという街に行ったこともありました。そこから、シャーベット状の氷の塊がオホーツク海を南下する間にだんだんと大きくなって、流氷になる。流氷の誕生の現場を見て、ますます流氷が気になっています。
新しい旅のきっかけを与えてくれたり、自然の営みの中で繋がっていく時間の流れや循環を感じたり。いろいろなことを教えてくれたのが、ここ知床です。
これから11月はネパールに行く予定ですが、それが終わったら流氷を見に再び知床へ向かうつもりです。そして今後も通い続けていきたいと思っています。
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SIRETOKO Adventure Festival 2025 では、イベント2日目の9月7日(日)に「石川直樹さんと歩く、知床五湖ウォーク」が開催されました。詳細はレポートにてご紹介します。
text: 冨安 翠
direction: 初海 淳 (なみうちぎわをあるこう)
Updated / 2025.10.09